次世代に学んで引き継ぐESDおかやま水べぐり -旭川編-




建部 ――自然に関する疑問をみんなで調べる。

建部1
川を堰き止めて行われる「かいぼり調査」

建部2
川底の生物を調べていく。

岡山市北区建部町竹枝地区は、岡山市の北端・旭川中流域に位置する建部町の中にあって、旭川と里山に囲まれた豊かな自然の残る地域です。

▼

この地域では「旭川かいぼり調査」という取り組みが実施されています。「かいぼり」とは川を堰き止めて、干上がった川の底を調査すること。「旭川の底が固まってしまったからアユが獲れなくなったという声を聞くが、それは本当か?」という疑問を調査するために2006年から始まった活動でした。地元小学校と地域住民の方々で結成された「竹枝を思う会」が中心となって、現在では地元大学の研究者・学生、ボランティア、さらには広く一般の参加者も交えて開催されています。

▼

参加者は堰き止めて干し上げた川の中に入って、川底の石をひっくり返しながら魚の種類と数を数えていきます。特に「川の健康度」を調査する目安としているのが、水のきれいな川に生息するといわれる「アカザ」。全長10cmほどのナマズの仲間です。調査の結果、アカザの生息を多数確認することができたとのこと。

▼

子どもたちの身近な疑問がきっかけとなって始まった「かいぼり調査」。現在も多くの方々の努力・協働のもとで継続されています。かいぼり調査は、環境保全活動であり、調査研究活動であり、さらには豊かな自然体験の活動でもあります。

(2013年3月)

周辺の観光スポット

建部スポット1

岡山市環境学習センター「めだかの学校」

メダカをはじめとする水辺の生物を通じて、自然や環境の大切さを伝える施設。旭川の魚たちを展示した「淡水魚水族館」や、自然素材の郷土玩具を集めた「おもちゃの宿」など。

おかやま水めぐりMAPに戻る

高島 ――岡山市街地近くに残る豊かな自然環境。

高島1
かつての祇園大樋の一部が記念碑として残っている。

高島2
アユモドキの自然保護活動の様子

岡山市中心部から車で20分ほどの場所にある岡山市中区高島。旭川下流の左岸(東側)に位置するこのエリアは、岡山市街地近くにあって、驚くほど豊かな自然環境に恵まれた地域です。

▼

旭川から取水された祇園用水は、高島地区の祇園にある「祇園大樋」で分水され、旭川左岸のエリアを潤しています。この祇園大樋は、古くは1692年に津田永忠が沖新田の干拓を進めたときに灌漑用水の確保をはかるために築造したものと推定され、同地にはその一部が記念碑として残されています。

▼

この祇園大樋から東に位置する賞田地区は、天然記念物に指定されている「アユモドキ」が生息していることで知られています。アユに似ていることが名前の由来とされていますが、ドジョウの仲間に分類される魚です。賞田地区では、休耕田を借りて自然産卵増殖を行うなどの保護活動が行われています。
※アユモドキは天然記念物です。捕獲・飼育は法律で禁じられています。

▼

その他、旭川流域でホタルの観察会が開かれるなど、高島エリアには今もなお豊かな自然環境が残っています。地域の自然を大切にしようとする人たちの営みが残してくれた自然を、現地で体験してみてはどうでしょうか?

(2013年3月)

周辺の観光スポット

高島スポット1

龍ノ口グリーンシャワーの森

岡山市北区祇園に位置する「龍ノ口山」に広がる緑豊かな樹林で、自然探勝、森林浴などを楽しむことができる。地元有志の方によって維持・管理されている。

高島スポット2

宮下酒造

岡山市に総合酒類メーカー。高島エリア「雄町」の名が付された酒米である雄町米を使った酒類も製造。工場見学を楽しむこともできる。

おかやま水めぐりMAPに戻る

三野 ――「岡山市の水源」で、生活の中の水を知る。

三野1
創設当時の姿を残す赤レンガ造りの外観

三野2
水の性質を楽しく学ぶことができる。

岡山市北区三野にある「三野浄水場」。旭川から取水を行い、岡山市中心部から西部一帯にかけて上水道への給水を行っている市内最大の浄水場です。川を流れる水は、浄水場を通して、私たちの生活に欠かすことのできない水道水となります。

▼

コレラの大流行をきっかけに、三野浄水場をはじめとする岡山市の水道施設ができたのは1905年(明治38年)のこと。
岡山市の水道は、日本で8番目の水道として誕生しました。以来、三野浄水場は安全・安心な水を地域の人々に供給するために「岡山市の水源」として活動し続けています。

▼

同地には、明治38年の創設当時に動力室・送水ポンプ室として使用されていた建物を利用して作られた「岡山市水道記念館」があります。エントランスを入って正面にそびえるシンボルモニュメントを挟んで「水と暮らしのゾーン」、「サイエンスプレイランド」に分かれ、水道の歴史・水道水ができる仕組みに関する展示に加えて、様々な水の性質について遊びながら体験・学習できるコーナーが設けられています。
学校での課外授業など教育利用のほか、一般の方も入館することができます。

▼

普段私たちが生活の中で何気なく接している水道水をはじめとする「水」。その成り立ちを確かめることができるエリアです。

(2013年3月)

周辺の観光スポット

三野スポット1

岡山市水道記念館

三野浄水場敷地内にある体験・学習施設。赤レンガ造りの外観は、創設当時の姿をそのままとどめており、国の登録有形文化財にも登録されている。

三野スポット2

半田山植物園

岡山市街を一望できる日当たりのよい半田山の丘陵地に位置する植物園。植物鑑賞はもとより、レクリエーション、いこいの場としても親しまれている。中腹には、三野浄水場と同時期に作られた配水池もある。

おかやま水めぐりMAPに戻る

旭川下流域 ――時代を超えて伝わる旭川と人々の暮らし。

旭川下流域1
日本三名園のひとつ岡山後楽園

旭川下流域2
登録有形文化財・京橋水道橋

旭川下流域3
旭川下流域河岸のケレップ水制

岡山市を南北に流れる旭川は、市街地にほど近い箇所で、東に「岡山後楽園」、南に「岡山城」を臨むかたちで流路を蛇行します。そして、近世岡山の水運の拠点となった京橋を過ぎて、瀬戸内海の一部である児島湾へと流れ込みます。

▼

岡山後楽園は、岡山藩主・池田綱政が家臣の津田永忠に命じて1687年に着工し、1700年には一応の完成をみたと伝えられる大名庭園です。その後も歴代藩主によって手が加えられた庭園には「曲水」と呼ばれる長い水路が張り巡らされており、園内をゆったりと流れ、来園者の目を楽しませています。旭川よりも高い位置にある園内への導水は、高島の祇園大樋で分水された用水から引き込まれていたといわれます(現在では伏流水をポンプで汲み上げ)。

▼

岡山後楽園・岡山城の南に旭川を下ると見えてくるのが、宇喜多秀家(1572~1655)の時代に架設されたといわれる「京橋」。当時の城下町岡山の水運の中心となりました。時は下って明治38年には、岡山市の水道が誕生するとともに「京橋水道橋」が創設されています。多様な仕方で岡山の人々と水との関わりを今に伝えています。

▼

旭川を更に南に下ってみます。桜橋から下流にわたって観察されるのが、ケレップ水制と呼ばれる石の構造物です。水の流れを制御して船の航路を維持するために作られたもので、昭和初期に築造されました。

▼

いつの時代でも、その地に暮らす人々の生活と共にあった旭川。旭川下流域に見られる様々な風景は、そのことを私たちに伝えてくれます。

(2013年3月)

周辺の観光スポット

旭川下流域スポット1

岡山後楽園

日本三名園の一つに数えられる大名庭園。江戸時代の姿を大きく変えることなく現在に伝えられてきました。昭和27年には後世に伝える歴史的文化遺産として「特別名勝」に指定されています。

旭川下流域スポット2

岡山城

黒い下見板張りの外観から別名「烏城(うじょう)」とも呼ばれる城で、豊臣家五大老の一人・宇喜多秀家が築城しました。旭川を挟んで岡山後楽園の対岸に、三層六階の堂々たる天守閣がそびえています。

おかやま水めぐりMAPに戻る

児島湾干拓地 ――海の底を陸地に変える、児島湾干拓の歴史。

児島湾干拓地1
沖新田干拓地のほぼ真ん中にある政田民俗資料館。干拓地の民俗文化を伝えてくれる施設。

児島湾干拓地2
明治・昭和期の干拓事業をはじめ、児島湾干拓の歴史を概観することができる児島湾干拓資料室。

江戸時代から明治・昭和時代にかけて、主として農地確保のための新田開発として行われた干拓事業は、もともと海であった箇所を陸地に変える大事業でした。岡山平野の耕地の約8割は干拓地であるといわれています。

▼

江戸時代に岡山藩によって進められた新田開発を主導したのが津田永忠です。倉田新田、幸島新田の開発に続いて、当時の岡山藩主池田綱政に命じられて津田永忠が着手したのが1,900ヘクタールを超える「沖新田」の開発。元禄4年(1691年)9月に命じられた工事を、翌年の7月には成就させるというスピード感あふれる事業でした。

▼

幕末に実施された興除新田の干拓に続いて、岡山に再び干拓の機運が高まったのは明治時代に入ってのこと。資金難のため一度は断念されかけた事業を引き受けたのが、当時大阪財界の大立者であった藤田伝三郎氏でした。藤田組によって明治32年に開始された工事は、途中で国に引き継がれながら昭和38年まで続けられ、その総面積は5,428ヘクタールにものぼります。同干拓地には、今も「藤田」の地名が残っています。

▼

児島湾の干拓は、沖に堤防を作り水を吐き出させることで、海の底であった地を農地に変える事業。干拓で陸地が出来上がってもそれで終わりではなく、そこを作物を産むことのできる農地にするためには、農業用水の確保・排水、塩害対策をはじめ、様々な苦労がありました。岡山市南部に広がる児島湾干拓地は、「水」と人々との多様な関わりの中で生まれ、今日の姿を形成しています。

(2013年3月)

周辺の観光スポット

児島湾干拓地スポット2

児島湾干拓資料室

干拓地への農業用水確保のため、児島湾を巨大な堤防で囲い淡水湖を築く――そのために作られたのが児島湾締切堤防です。同堤防の管理事務所の1階にあるのが「児島湾干拓資料室」。児島湾干拓の歴史が地図や映像を通じて解りやすく展示されています。

おかやま水めぐりMAPに戻る

津田永忠

津田永忠(1640~1707)は江戸時代前期に活躍した岡山藩士で、池田光政・綱政の両藩主に仕えた人物です。百間川の整備による治水、閑谷学校の建設をはじめ、本特集でも紹介したように、干拓工事による新田開発、岡山後楽園の造営など、とりわけ土木建築の分野で優れた才覚を発揮しました。

津田永忠像

津田永忠像(岡南大橋東詰)

ESDとは

ESD(Education for Sustainable Development)とは、持続可能な開発のための教育の略称です。

ESDは、持続可能な社会の実現を目指して、あらゆる世代の人たちが今の社会や将来世代のことをみんなで考えたり、意見を出し合ったりしながら行動していく学習のことです。
大量生産・大量消費の社会や環境の悪化を招く開発などの弊害を反省し、将来にわたってグローバルな視点で多様な人や自然が共生できる持続可能な社会を目指す教育です。

岡山市は、2005年に国連大学よりRCE(※)に認定されており、市域の学校や公民館、市民団体や企業、行政などがゆるやかにつながって、国内外のESD関連団体と連携しながらESDを推進しています。

※RCE(Regional Centres of Expertise on ESD)・・・ESDに関する地域の拠点

ESDに関するユネスコ世界会議

国連は、2002年のヨハネスブルグサミットにおける日本政府とNGOからの提案を受け、2005年から2014年までを「ESD(持続可能な開発のための教育)の10年」と定めました。その後、2005年にユネスコを中心に国際実施計画が作成され、世界中でESDが推進されています。国際実施計画をもとに、日本でもESDの取り組みが進められています。

2014年秋には「ESDに関するユネスコ世界会議」が、岡山市と愛知県・名古屋市で開催されます。岡山市では、ユネスコや日本政府などが主催して、以下の様々な会議や地域交流イベントが開催されます。

・ユネスコスクール世界大会
・ユース・コンファレンス
・グローバルRCE会議
・ESDウィーク・オープニングセレモニー
・公民館・CLC(※)会議

※CLC(Community Learning Center)・・・アジアを中心に設置されているコミュニティ学習センター

※本ページの一部では歴史的な事項を取り扱っています。本ページは一定の調査に基づいて制作していますが、歴史認識には様々な捉え方がある旨ご了承ください。

取材協力 竹枝を思う会 / 高島公民館 / 龍ノ口グリーンシャワーの森を守る会 / 岡山市水道記念館 /
岡山後楽園 / 児島湾干拓資料室