祝!「日本遺産」認定!「桃太郎伝説」の生まれたまち おかやま~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語~

日本遺産とは

「日本遺産(Japan Heritage)」は地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として文化庁が認定するものです。
このたび「『桃太郎伝説』の生まれたまちおかやま~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語」(岡山市、倉敷市、総社市、赤磐市)が日本遺産として選ばれました。

ストーリー

「桃太郎伝説」の生まれたまち おかやま
~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語~

いにしえに吉備と呼ばれた岡山。この地には吉備津彦命きびつひこのみことによる温羅うらと呼ばれた鬼を退治した伝説が語り継がれ、昔話桃太郎の原型になったとされています。伝説では、絶壁にそびえる古代山城は温羅の居城とされ、約1,800年前の巨大墓に立ち並ぶ巨石はみことたてとなりました。戦いの後、勝利したみことは巨大神殿に祀られ、敗れた温羅の首はその側に埋められ、この地で吉凶を占っています。
鬼退治伝説は古代吉備の繁栄と屈服の歴史を背景として生み出され、伝説の舞台となった吉備の多様な遺産は、今も訪れる人々を神秘的な物語へと誘ってくれます。

桃太郎伝説と古代吉備の国が
よくわかるデジタルブック

吉備津彦と温羅

阿村礼子・作、夏目尚吾・絵の吉備路ガイドブック「おかやま桃太郎ものがたり吉備津彦と温羅」。二人のヒューマンストーリーを楽しみながら、桃太郎伝説を知ろう!

デジタルブック

吉備の風に吹かれて

岡山の歴史をテーマに、作家・あさのあつこさんが執筆した「岡山藩物語吉備の風に吹かれて」。この作品のなかには古代吉備の国をテーマにした3つの短編が収められています。

デジタルブック

構成文化財

吉備津彦命を主祭神として祀る大社
吉備津神社

  • 吉備津神社1
  • 吉備津神社2
  • 吉備津神社3

吉備津彦命を祀る神社で、鳥が翼を広げたように見える、比翼入母屋造の秀麗な本殿は、拝殿とともに国宝に指定されている。また本殿から南に約400m続く廻廊や南・北随神門、御釜殿、木造獅子・狛犬は国の重要文化財に指定されている。

吉備津神社に残る
温羅退治の言い伝えと神事

鳴釜神事

体験可鳴釜神事

吉備津神社御釜殿

温羅の首を釜の下に埋めたと伝えられる御釜殿で行われるのが、釜の鳴る音で吉凶を占うという「鳴釜神事」。事前に申し込みを行うことで体験が可能。

矢置岩と矢立の神事

矢置岩と矢立の神事

吉備津彦命が温羅との戦いの際に矢を置いたとされる岩。現在毎年1月3日に矢立の神事が行われ、1年の泰平が祈願されている。

温羅の居城とされる古代山城
鬼ノ城

  • 鬼城山(鬼ノ城)1
  • 鬼城山(鬼ノ城)2
  • 鬼城山(鬼ノ城)3

温羅伝説の中では、温羅の居城と伝えられているが、実は城内面積約30haに及ぶ巨大な古代山城。門や角楼などが復元されている。日本100名城のひとつに選定されている。

鬼ノ城周辺の見どころ

血吸川

血吸川

鬼城山を源流とする川で、吉備津彦命との戦いで傷ついた温羅の血が流れて真っ赤になったと伝えられ、下流には「赤浜」の地名も残る。名前の由来は、鉄分が含まれた川の水が赤かったためと言われ、この地域で製鉄が盛んであったことをうかがわせる。

鬼の釜

鬼の釜

鬼の城近くにあり、温羅が生け贄をゆでた釜と伝えられている。実際には、鎌倉時代の僧重源が衆生施浴のため鋳造させたものとされている。

あさのあつこさんのナレーションでご紹介
空から見る桃太郎伝説ゆかりの地

あさのあつこさん執筆の短編「温羅と阿曾媛」の物語の舞台にもなっている「鬼ノ城」と「吉備津神社」。空からの映像も含めた紹介動画をあさのあつこさんのナレーションでお楽しみいただけます。

その他の日本遺産ストーリー構成文化財

吉備津彦神社

吉備津彦神社きびつひこじんじゃ

吉備津彦命を祀る神社で、吉備国が備前・備中・備後に分割された際に備前一宮として建てられたとされる。境内の温羅神社に温羅も祀られている。

造山古墳

造山古墳つくりやまこふん
第一、二、三、四、五、六古墳

吉備勢力の強大さを伝える巨大前方後円墳。5世紀前半に造営され、規模は全長約350mと全国第4位で、吉備に巨大勢力があったことを伝える。周辺には朝鮮半島と関係の深い遺物が出土した第一古墳(榊山古墳)や、直弧文と呼ばれる精緻な文様で飾られた石障のある第五古墳(千足古墳)など、6つの陪塚がある。鬼ノ城からも見下ろすことができる。

吉備の中山

吉備きび中山なかやま

『古今和歌集』や『枕草子』など古くからその名が知られた名山。温羅との戦いで吉備津彦命が布陣したと伝承されている。山裾には吉備津神社や吉備津彦神社が鎮座し、山頂南側には吉備津彦命の墓とされる全長約105mの中山茶臼山古墳がある。

矢喰宮

矢喰宮やぐいのみや

温羅伝説の中で、吉備津彦命と温羅の射た矢が空中で衝突し、落下した場所に祀られた神社。神社の境内には温羅が投げたと伝えられる巨石も残されている。

牟佐大塚古墳

牟佐大塚古墳むさおおつかこふん

吉備三巨石墳の一つ。6世紀末ごろに造られた大形の円墳で、横穴式石室も全長18.0mと巨大である。
吉備津彦命の子孫とされる上道氏の墓と考えられている。

吉備津宮勧進帳

吉備津宮勧進帳きびつぐうかんじんちょう

1583年に成立した吉備津神社の記録で、吉備津彦命による鬼退治の記載がある。温羅伝説は600年以上前には成立していたとされ、年号がはっきりした記録として最も古いのがこの資料である。

吉備津神社の鬼面

吉備津神社の鬼面おにめん

額に差し込まれた角は失われているが、丸い目や出っ歯、大きな鼻はどこかユーモラスであり、温羅伝説に登場する鬼の温羅の表情を想像させる。16世紀ごろの作と考えられる。

特殊器台

特殊器台とくしゅきだい

吉備文化の独自性を象徴する考古資料で、弥生時代後期に吉備で葬送の祭りに使用された土器。温羅伝説ゆかりの楯築遺跡や鯉喰神社でも出土している。また、奈良県の箸墓古墳でも出土するほか、円筒埴輪の祖型ともされる。

楯築遺跡

楯築遺跡たてつきいせき

弥生時代後期に築かれた墳丘墓で、その大きさは全国最大級である。頂に立つ5個の巨石は、温羅伝説の中で吉備津彦命が温羅との戦いで築いた楯の跡と伝えられている。

楯築神社の旋帯文石

楯築神社たてつきじんじゃ旋帯文石せんたいもんせき

吉備津彦命が温羅との戦いに使った空飛ぶ乗り物とも伝えられている。楯築遺跡の上に鎮座する楯築神社の御神体で、「弧帯文石」とも呼ばれる。全面に帯状の弧を描く文様が刻まれ、正面には人の顔が造り出されている。弥生時代の石造彫刻として最も優れたものである。

作山古墳 第一古墳

作山古墳つくりやまこふん 第一古墳

吉備勢力の強大さを伝える巨大前方後円墳。5世紀中頃に造営された全長約286mの巨大前方後円墳で、全国第10位の大きさである。鬼ノ城からも見下ろすことができる。

こうもり塚古墳

こうもり塚古墳づかこふん

吉備三巨石墳の一つ。全長約100mの前方後円墳で、横穴式石室は全長約19.4mで吉備最大の石室を持ち、この地方を治めた勢力の巨大さを伝えてくれる。

両宮山古墳

両宮山古墳りょうぐうざんこふん

吉備勢力の強大さを伝える巨大前方後円墳。5世紀後半に築かれ、墳長約206mで、吉備では造山古墳、作山古墳に次ぐ規模となっている。吉備では珍しく水濠に囲まれている。

岡山の桃

岡山おかやまもも

古くから鬼は桃を恐れると言われており、桃太郎とのつながりも想像させる。岡山は、現在も日本有数の桃の産地で、桃の栽培に適した気候・風土の中で桃太郎伝説が育まれてきた。

きびだんご

きびだんご

桃太郎伝説の地・岡山を代表する銘菓。桃太郎が鬼退治の際に犬・猿・雉に与えた黍団子をモチーフとし、江戸時代には吉備津神社の門前で売られていた。「吉備」の地名も、「黍」に由来するとの説がある。

マップ