日本遺産「桃太郎伝説」岡山(後編) ~もうひとつの桃太郎と鬼、温羅(うら)のものがたり~
おとぎばなし「桃太郎」は、桃から生まれた桃太郎が吉備団子を分け与えた犬と猿と雉を連れて鬼ヶ島へ鬼退治に向かい、鬼を成敗する有名な昔話です。
岡山県、香川県、愛知県など各地に独自の伝説が残っています。
岡山県では「『桃太郎伝説』が生まれたまち」として、その関連ストーリーが日本遺産に認定されており、鬼は「温羅(うら)」と呼ばれ、桃太郎と同じくらい岡山県民に親しまれている存在です。
悪者の鬼がなぜ、親しまれているの?と不思議に思われる方も多いでしょう。
桃太郎の物語の原型になったとされる、岡山の桃太郎伝説について紹介します。
掲載日:2026年2月02日
更新日:2026年1月28日
ライター:梅緒
桃太郎伝説の桃太郎と温羅
天皇の息子であるイサセリヒコは桃の霊力を信じ、種を御守りにしていました。
桃を崇拝し、のちに桃太郎の原型とされるようになります。
吉備国で鬼の温羅が悪事を働いていると聞き、軍を率いて鬼退治に向かいました。
多くの方が親しんだ「桃太郎」の物語と異なる点といえば、桃太郎に成敗された鬼、温羅は実は吉備国にやって来た渡来人、百済の皇子だったということです。
吉備国の険しい山に城を築き、たたら場を作り、製鉄技術を伝え人々の暮らしを豊かにします。
山城の麓に住む阿曾媛(あそひめ)と夫婦になり幸せに暮らしていました。
ところがイサセリヒコに成敗され、首はかまどの下に埋められてしまいます。
温羅はイサセリヒコの夢枕に立ち、釜の鳴る音で吉凶を知らせるので阿曾媛に自分が埋められている釜の役目をさせるよう頼みます。
温羅を討ち果たしたイサセリヒコは、吉備国にとどまり一生を吉備国の反映のために捧げました。
イサセリヒコは吉備国の幸せに身を尽くそうと吉備津彦命(きびつひこのみこと)と名乗ったのでしょう。
吉備津神社・御釜殿
岡山市北区吉備津にある吉備津神社。主祭神は桃太郎のモデルとなった大吉備津彦命です。本殿と拝殿は「吉備津造り(比翼入母屋造・ひよくいりもやづくり)で国宝指定されています。本殿から続く360mの廻廊は美しく、吉備津神社参拝の際はぜひ通っていただきたい歴史的建造物です。
桃太郎伝説ゆかりの神社としても有名で、吉備津彦命が温羅との戦いで矢を置いたとされる「矢置岩」、温羅の首が埋められているとされる「御釜殿」もあります。
御釜殿では釜の鳴る音で吉凶を占う「鳴釜神事」が行われています。
鯉喰神社
岡山県倉敷市にある鯉喰神社は吉備津彦命が温羅と戦った場所として知られています。
吉備津彦命の矢を受け血を流し鯉に変身した温羅を、鵜に変身した吉備津彦命が食いちぎり成敗した場所。
それを祭るため、村人たちが鯉喰神社を建立したといわれています。
境内前には駐車スペースが1台分あります。道が狭いので参拝の際はお気をつけて。
阿宗神社(あそうじんじゃ)
阿宗神社は岡山県総社市、鬼ノ城の麓にあります。
桃太郎伝説では、温羅と妻の阿曾媛が仲良く暮らしていた地域になります。
祭神は応神天皇、神功皇后、玉依姫命、吉備武彦命。吉備武彦命は大吉備津彦命(桃太郎)の異母弟の若日子建吉備津日子命の孫です。
楯築遺跡(桃太郎と温羅が戦った場所)
楯築遺跡は弥生時代、約1800年前の墳丘墓です。
同時期国内最大級の墳丘墓で、円丘部の頂上には5つの巨石が立てられています。
桃太郎はこの地に陣を築き、鬼ノ城の温羅と戦いました。
5つの巨石は鬼ノ城から飛んでくる矢から身を守る楯だと言われています。
岡山では温羅は桃太郎と同じくらい愛されており、岡山駅西口には温羅の銅像があります。
吉備の繁栄に貢献した温羅にもどうぞ会いに行ってみてください。
古代吉備の繁栄をなぞるように生まれた桃太郎伝説。勇ましい戦いの場である楯築遺跡、温羅が幸せに暮らした阿宗神社周辺、ミステリアスな鯉喰神社と周辺を流れる血吸川、吉備津彦命(桃太郎)が祭られている壮大な吉備津神社は見どころがたくさんあります。
桃太郎伝説に想いをはせ、ゆかりの地を巡ってみてはいかがでしょう。
