岡山城を中心に文化施設が集まる「岡山カルチャーゾーン」。徒歩圏内のアクセスしやすいエリアに12の施設があります。今回、そのうち岡山県立美術館、岡山県立博物館、岡山市立オリエント美術館、林原美術館、夢二郷土美術館の5施設の学芸員に「あなたの施設の秘蔵っ子」について尋ねました。岡山では、推しへの愛をラップのリズムに乗せてぶつけ合う「学芸員ラップバトルトーナメント」が開かれるなど、個性豊かな学芸員の活躍が話題に。それぞれの“横顔”も交えながら、学芸員が推す所蔵品のストーリーを紹介します。
掲載日:2024年05月20日 最終更新日:2024/05/21
ライター:観光ライター 頼實
市民の思いが託されたアッシリアのレリーフ
【岡山市立オリエント美術館】
トップバッターは、考古・美術・民俗資料などのコレクション約4700点を収蔵する岡山市立オリエント美術館です。東アジアで、系統的かつ大規模なオリエントコレクションが見られるのは、東京と岡山の2カ所だけ。地域で育まれた文化や美術を紹介する岡山カルチャーゾーンの中では、異文化の考古美術資料を専門とする美術館はユニークで、異彩を放っています。
「秘蔵っ子と呼ぶのに相応しいのは、世界最古の帝国であるアッシリア宮殿のレリーフ」と話すのは、同美術館学芸員の四角隆二さん。「第1回学芸員ラップバトル」にも出場した名物学芸員の一人で、オリエントの魅力を語り出したら止まりません。
「有翼鷲頭精霊像浮彫」(ゆうよくしゅうとうせいれいぞううきぼり)は、世界最古の帝国アッシリアの都カルフ(遺跡名ニムルド)から出土。前9世紀頃の王アッシュル・ナツィルパル2世が造営した宮殿の奥深く、先祖崇拝儀礼が行われたとみられる部屋から出土しました。一連のレリーフは、大英博物館やデンマーク国立博物館などそうそうたる世界の博物館が所有しているとか。
「猛禽図像のモデルは、頭部の図表表現からみて、ヨーロッパから中央アジアに生息するクロハゲワシです。レリーフと剥製を同一の空間で見ることができるのは、世界でも当館だけ」と四角さんは話します。
「有翼鷲頭精霊像浮彫」がオリエント美術館に来たのは、開館25周年の2004年のこと。「クラウドファンディングがまだない時代、購入資金1億2600万円のうち市民から4400万円もの寄付が集まった経緯があります。文化財としての価値を理解し、オリエント美術館で展示すべきだと市民の皆さんから賛同と協力を頂けたのが大変嬉しいことでした」と四角さん。
最高裁判所庁舎などで知られる建築家・岡田新一氏の代表作の一つとなった建築にも注目を。岡田氏自ら西アジア各地を視察した後に手掛けた建物で、「第22回BCS賞」をはじめ、数々の建築賞を受賞しています。採光窓から入る自然光が美しく、高い吹き抜けの中央ホールに豊かな表情を与えています。
市民から多大な募金を得て収蔵した「有翼鷲頭精霊像浮彫」は、原則、他館への貸出は行わないのだとか。実物を見たい場合は、ぜひオリエント美術館へ。
子どもへ優しい眼差し向けた夢二
【夢二郷土美術館】
「大正ロマン」を代表する岡山県出身の画家・竹久夢二。「夢二郷土美術館」は、初代館長・松田基氏が夢二作品の郷里・岡山への里がえりを念じて、収集したコレクションを中心に約3000点を所有します。
館長代理で学芸員の小嶋ひろみさんは、「夢二式美人で知られる夢二ですが、実は子どもの姿もたくさん描いています。一推しは大正初期の作品で、夢二の子どもへの優しい眼差しが感じられる日本画『童子』です」と話します。
「童子」には赤い椿の木を囲んで、子どもたちが輪になって遊ぶ様子が描かれています。夢二や姉の松香の姿もあり、数えで16歳までの子ども時代を過ごした岡山への望郷の思いが作品から感じられます。
「女性や子どもを中心に描いた夢二は、社会的に弱い立場の人たちに寄り添った作品を多く手掛けています。そこに芸術家の一本筋の通った信念を感じます」と小嶋さん。
夢二生誕130年を記念して、絵にも描かれた夢二の母の里にあった椿を株分けし、夢二生家の庭に記念植樹したというエピソードも。
画像提供:竹久夢二《童子》夢二郷土美術館蔵
美術館は2017年、世界的デザイナーの水戸岡鋭治氏により全面リニューアル。展示室を増設したほか、「暮らしの中に芸術を」と願った夢二の信念を形に「大正ロマン」を堪能できる「artcafe夢二」を併設しました。
「第5展示室」として、「お庭番頭ねこ 黑の助」のコーナーもあり、来館者から大変好評なのだそう(黑の助は気まぐれ出勤のため、公式SNSをチェックしてください)。
今年は夢二生誕140年記念の年。6月の東京会場を皮切りに、大阪・富山など全国6館の美術館で、夢二郷土美術館のコレクションを中心とした巡回展「生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界」が開催されます。
秘蔵っ子の「童子」が夢二郷土美術館に凱旋するのは、9月7日〜12月8日の期間です。瀬戸内市邑久町の「夢二生家記念館・少年山荘」とともに様々な生誕140年記念企画が用意されています。
長らく所在不明だった油彩画「アマリリス」や欧米滞在中に描いた外遊スケッチとともに、ぜひ鑑賞してみてください。
平家の求めに応じて、名刀残した刀鍛冶
【林原美術館】
続いて、登録有形文化財に指定されている長屋門が目をひく「林原美術館」です。
旧岡山藩主池田家から買い受けた大名道具に加えて、故林原一郎氏の刀剣や陶磁器などの膨大なコレクション約9000件を所蔵。国宝や重要文化財も多数含みます。
「元広告マン」という異色の経歴を持つ林原美術館学芸員・植野哲也さんが紹介してくれたのは、重要文化財の太刀 銘「正恒(まさつね)」(古青江)です。
植野さんは、前職の「備前長船刀剣博物館」で日本刀とアクションゲーム「戦国BASARA」やヱヴァンゲリヲンのコラボ企画を手掛けた立役者。
刀剣の魅力について、「時代の変遷だけでなく、鞘(さや)の木彫りや鍔(つば)の意匠、組紐など、日本のあらゆる伝統技術の粋が集まっているところ」と話します。
6月29日〜8月4日まで期間、林原美術館は開館60周年を記念して、「平家物語絵巻PART1 平家の栄華」を一挙公開します。現存する中で、唯一全巻揃っている「平家物語絵巻」で、教科書で一度は目にしたことがある壇ノ浦合戦、那須の与一などの名シーンに注目です。
秘蔵っ子の「正恒」(古青江)には、平家の栄枯盛衰と深い関わりがあると植野さんは主張します。
「この古青江の妹尾鍛治は、平清盛の重臣である瀬尾(妹尾)兼康の領地で、瀬尾家の勃興と没落が妹尾鍛治の盛衰と合致します」と植野さん。
源氏との戦に敗れ、平家が各地に逃れる際、刀鍛冶ら職人集団も引き連れて逃れていったと考えられています。「古剣書によると、正恒は、備前と妹尾のほか、九州筑紫や豊後にもいたとされます。このことから、平家の求めに応じて、各地で作刀したのではないかと私は考えています」。圧巻の絵巻とともに刀匠の技を鑑賞してみてください。
画像提供:林原美術館/TSC create
明るい未来夢見た画家と作品通じて対話
【岡山県立美術館】
「岡山ゆかり」をキーワードに、洋画や日本画、工芸など約5000点の収蔵品を有する岡山県立美術館。5月26日までの期間、洋画、日本画、工芸を集めた「岡山の美術展」を開催中です。
同館主任学芸員・廣瀬就久さんの一押しは、岡山市出身で、大正・昭和期にアメリカへ単身渡米して活躍した画家・国吉康雄の「夜明けが来る」(1944年)。「夜明けが来る」は、憂いを帯びた表情の女性がバルコニーから外を眺めている作品。もうすぐ戦争が終わる、明るい世の中になってほしいという願いが込められています。
国吉は岡山市出石町で生まれて、16歳で渡米。病気の父を見舞うために一度帰国した以外は、1953年に63歳で亡くなるまでアメリカで暮らしました。第二次世界大戦中は敵性外国人として過ごし、作品の中にも、日本とアメリカの二国間で苦悩しながら生きた葛藤が反映されています。「国吉自身、自身の作品について語ることが少なかったので、作品には謎めいた部分があります」と廣瀬さん。
国吉の展示会をこれまでに何度も手掛けてきた廣瀬さん。「画家によっては筆づかいに乱れがある人などさまざまですが、国吉は、デッサンに狂いはなく、非常に安定した筆づかいが特徴です。絵具の性質をよく理解してきっちりと描いているという印象です」
鑑賞のポイントは、どう描いているのか細部を観察し、一歩下がって、全体の構図を見るところ。「私の場合、何を描こうとしているのか画家の思いを汲み取ろうと思いながら見ています」と廣瀬さん。
岡山県立美術館もオリエント美術館同様に、岡田新一氏がデザインした建築の一つ。岡山市特産の花崗岩(万成石)のほか、ラスタータイルや竹をイメージした緑の施釉ボーダータイルを使用。岡山城の屋根に見立てた勾配を持つステンレスパネルが頂部に配置されています。
「岡山の美術展」は5月26日までなので、秘蔵っ子の「夜明けが来る」を鑑賞したい場合は早めの来館を。
信仰心に深く根ざした阿弥陀如来像
【岡山県立博物館】
最後を飾るのは、岡山後楽園外苑にある岡山県立博物館です。
学芸員の岡崎有紀さんが推薦するのは、鎌倉時代末期に制作された木造「宝冠阿弥陀如来坐像」です。
「吉備津神社の社僧寺院の一つで、現在は廃寺となった青蓮寺に伝わった阿弥陀仏です。髪を高く結い上げ、宝冠を付けた阿弥陀仏は県内では珍しい作例です。また、仏師集賢による嘉暦4年の制作と判明していて、制作年代がわかる基準作としても大変貴重です」と岡崎さん。
特筆すべきは、僧侶の修行の場であった常行堂本尊の阿弥陀仏であった点。
「昔の人の思想を知る上で、宗教は切っても切り離せないものです。鎌倉時代に、極楽往生を願う人々が阿弥陀仏を常行堂の中央に安置し、念唱しながら廻っていたと考えられます。岡山の浄土信仰を考える上でも欠かせない阿弥陀仏です」と岡崎さんは話します。
「宝冠阿弥陀如来坐像」は2019年以降、県立博物館での展示はされていません。冬ごろ、お披露目できる展示会を企画中とのことです。
同博物館では6月16日まで「木喰仏と神像」展を開催しています。
江戸時代後期に全国を行脚した僧・木喰による木喰仏(もくじきぶつ)を公開。昨年、赤磐市和田の大師堂で偶然発見された木喰仏は、県内で唯一の木喰仏です。
岡山県指定重要文化財に指定された木山神社の神狐像、平安時代〜南北朝時代の神像13体とともに展示しています。
岡山県立博物館は、備前焼や刀剣など岡山ゆかりの文化遺産約1万7000点を収蔵。常設展のほか、年間7回ほど特別展やテーマ展を開催しています。
6月20日〜7月21日には、岡山県古代吉備文化財センター開所40周年記念「吉備から岡山へ 最新の発掘調査成果から」を開催します。「古代吉備」の魅力に迫る内容です。
各施設が”推す”秘蔵っ子を見に、ぜひ美術館、博物館にお出掛けを。