下町情緒と昭和レトロが魅力の奉還町商店街。どこか異国を感じさせる雰囲気をまといます。1940年〜50年頃にかけては、岡山県北部からも買い物客が訪れ、人でごった返すほど大変な賑わいでした。世代交代を機に商店が次々と住宅へ変わりましたが、移住してきた人たちの新たな店のほか、昔馴染みの客層に支えられる店も数多く残り、独自の魅力を発信する商店街として注目されています。西奉還町商店街で働く人たちが推薦する場所や店を前編、後編に分けて紹介します。
掲載日:2023年10月10日 最終更新日:2023/10/04
ライター:観光ライター 頼實
多様性が共存する世界観
中高生の第3の居場所として昨年12月にオープンした民営の「奉還町ユースセンター」は、青少年(ユース)なら誰でも過ごせる居場所です。この日も授業の一環で、高校生が商店街をフィールドワーク。食品ロスの桃を活用したジェラート販売などを体験していました。
写真は、奉還町ユースセンターで働くスタッフの和泉まりさん(左)と、インターン生の金高まりあさんの2人。
住宅と昔ながらの店舗、移住者による店舗などが混在する西奉還町商店街の様子。
昭和の初めを知る人の中には「毎日が正月のようだった」と話す人も。
今は多様な人たちが生活するようになり、最近は外国人の姿も多く見られるようになりました。
まずは、奉還町ユースセンター代表の野村泰介さんに、商店街周辺を歩いて案内してもらいました。
「小中高の頃、この辺りが遊び場でした。大盛りの店が3箇所ほどあって、男子学生はみんな行ったことがあると思いますよ。大盛りのご飯を食べた後に、バナナが一本付く店もありました(笑)。新しいお店や住宅になった後も、昔の看板や面影を残したままのところも多いですね」。
野村さんは、奉還町商店街の昔話を異なる世代で共有する「近過去プロジェクト」をスタートさせました。
このプロジェクトは、移住してきた住人と古くから住む住人との間で、昔の写真や資料などをツールに、相互理解することを目的としています。今年5月には、1970年代当時の奉還町商店街を知る人と、一緒に街歩きをするイベントを開催しました。
プロジェクトに賛同した住民から、奉還町に関する資料や本などが続々と集まっているそうです。
昔も今も人が集う銭湯
野村さんから教えてもらった4丁目の銭湯「鶴湯」を訪ねてみました。
戦前から現存する建物で、今も土曜日を除いて営業しています。
夕方5時になると、続々と常連客が暖簾をくぐってやってきます。
ユニークなのは、石でできた浴槽。床もタイルではなく石畳です。
この石は、岡山市で採掘される万成石(花崗岩)というブランド石だそうです。
「昔は奉還町1丁目から4丁目には5軒の銭湯がありましたが、今はうちだけになってしまいました。4丁目のこの辺りは、戦火をのがれることができたので、建物は当時のまま」と話すのは、番台に座る小林和子さん。
嫁ぎ先の家業だった銭湯を引き継ぎ、小林さんで3代目だといいます。
「自宅にお風呂ができた今も、やっぱり銭湯がいいと通って来られる人も多いですよ」
町内のゲストハウスに泊まる旅行者やユースセンターで研修中の高校生が銭湯にやってくることも増えました。
フランスやイタリア、ドイツ、インドネシアなど外国からの銭湯ファンも多数。小林さんが丁寧に記したメモ帳には、お客さんと交わした会話が記されています。
「『どちらからですか?』といつも尋ねています。皆さん、旅慣れている方が多くて、銭湯の入り方をご存知の方が多いです。日本語も上手です。常連の方も皆さん、若い人との会話を楽しまれていますよ」。
戦前から使われていたというレトロな体重計やロッカーも現役でした。
今も昔も変わらず、社交の場であり続ける銭湯。
小林さんの温かく優しい人柄からは、形を変えながらも、新たな若いファンを受け入れてくれる銭湯文化の懐の広さを感じました。
住所/岡山市北区奉還町4-15-26
電話番号/086-253-3677
営業時間/17時〜20時
定休日/土曜日
個性的なゲストハウスが人を呼ぶ
奉還町に新たなヒトの流れを生み出したのは、約10年前、ゲストハウスが2軒オープンしたこと。
1軒目は、4丁目にあるゲストハウス「とりいくぐる」です。複合施設「NAWATE」としての顔も持ち、敷地奥や通りに面して、刺繍店など小さな店舗が入居しています。
鳥居が前面にあるインパクトある建物は、海外からはもちろん、日本人の観光客の間でも大好評。
運営の成田海波さんによると、もともとは精肉店だった建物で、2棟の建物の間にお稲荷さんが祀られていたそう。廃業の後、御魂抜きを行い鳥居だけが残され、しばらく空き家となっていました。
地域の人にとってもシンボリックな存在の鳥居を生かしてリノベーションし、2013年にゲストハウスをオープン。
「地域の人たちが集い、ワークショップなどを開催できるよう『ラウンジ・カド』も近くにオープンしました。週末は、カドでランチの営業もしています」
もう一軒のゲストハウスは3丁目の「KAMP」です。場所は、ちょっとサイバーな雰囲気を持った看板のすぐ近くにあります。
ワーキングホリデーやバックパッカー歴など、海外生活が長かった北島琢也さんが、「キャンプするように泊まれる場所」をコンセプトに2014年にオープンしました。1階はカフェとして利用できます。
実は、商店街の看板は、ディレクターとして北島さんが手掛けたもの。夕方になると点灯し、アジアの都市のような雰囲気を放ちます。
「日本の武士をモチーフに、デザイナーさんに作ってもらいました。提灯は全て和提灯です。真ん中にあるロゴも、武士が奉還金(退職金)を使って始めた商売の歴史に倣って、武士をイメージしています」と北島さん。
人が自然と集まる居場所
ユースセンターの和泉さんと金高さんのオススメは、2021年に4丁目にオープンした「Eats&CafeBar Craft(クラフト)」。
カフェタイムには、深煎りオリジナルブレンドコーヒーや建部町産猪肉のジビエ料理、オムライス、パスタなどを提供します。
そして、約100種類近くあるというボードゲームはなんと無料。
マスターの坪井達也さんは「いろいろなコミュニティーが重なる場所になってほしい」と話します。
店内には、「カタン」や「ディクシット」など、人気のボードゲームが揃っています。「2、30代の方が多いですが、9歳の男の子がボードゲームをするため3日連続で通ってくれたことも」と坪井さん。
毎月第5水曜日には、謎解きイベントも開催しています。
シネマ・コレクターズ・ショップ「映画の冒険」は、全国から映画マニアが集まる映画関連の店です。
映画パンフレットのほか、ポスター、フィギュア、LPレコードなど約10万点が所狭しと並びます。
店主の吉富真一さんが、27年前に店をオープン。「当時、この辺りには古本屋や映画館があって、映画関連の店を始める土壌がありました。最近は古着屋さんが増えるなど、若い人がたくさん集まってきたと感じます」。
吉富さんによると、奉還町が映画のロケ地になったこともあったそう。
2015年上映の映画「でーれーガールズ」には、岡山駅や岡山城、倉敷美観地区とともに、奉還町も主人公の学生時代の通学路として登場しています。
映画には、吉富さんや大森雅夫市長も商店街の店主として出演。「岡山の方たちがエキストラとして大勢出演しています。岡山の人たちにとって思い出深い映画の一つだと思いますよ」。
父から子へ受け継ぐ店の“看板”
最後に訪ねたのは、1969年創業の餅屋「寿庵」です。
目を引く看板について尋ねると、「一時期、お餅や赤飯と一緒にパンを売っていたことがあって、今は売っていないけれど看板はそのまま」と初代店主の奥様・緑さん。二代目の東さんが4年前に他界した後、東さんの息子・慧さんが昨年5月から製造を引き継ぎました。
お餅や赤飯(要予約)のほか、慧さんが作るみたらし団子(120円)、塩豆大福(150円)がショーウィンドウに彩りを添えています。
「寿庵」のほか、「金福」や「出水松月堂」など和菓子店が多いのも、西奉還町の特徴の一つ。
「とりいくぐる」では、奉還町商店街のお店や見どころが掲載された散策マップを無料で配布しています(ラウンジ・カドでももらえます)。
マップ内には、喫茶店やうどん店、刃物店、自転車店など昭和レトロな店から、新しいショップなど情報満載。マップを見ながら、奉還町商店街の魅力を発見する街歩きをしてみてはいかがでしょう。