喜怒哀楽の歴史
昭和50年にオープンし、「その当時は田んぼの真ん中に立っていた」という喜怒哀楽。
喜怒哀楽を立ち上げた会長の難波康男様の時代には、「この場所では流行らないのではないか」と周囲から言われたそうですが、今では地域に愛される「なくてはならない存在」となっています。
お店の前には、桜、紫陽花、百日紅、紅葉、もみの木など、四季折々の草木が植えられ、まるで喜怒哀楽を見守っているようです。
お店内部の
こだわり
店内の席数は約150名分、駐車場は80台分あるそう。二階には宴会等のために広く使える部屋もあります。
「春夏秋冬」の名がつく個室や、カウンター席等があることはもちろん、授乳室もあるところがご家族連れにも嬉しいポイント。
また、料亭や割烹というと窓が少ないイメージですが、喜怒哀楽の店内には大きな窓が多く、自然光の柔らかな光と開放感のある空間設計が特徴的だと感じました。
難波孝行社長:
「お客様には和食だからといって構えず、カジュアルに、気軽に、当店でのお食事を楽しんでいただきたい。そのための工夫を随所に散りばめています。」
お料理の
こだわり
お料理には地の物、旬の物を使う様に心掛けているとのこと。また、魚は切り身ではなく、まるまる一尾を買い、店内でさばいて出しているため、一番新鮮な状態で口にすることができるそうです。
錦糸卵ひとつをとっても、加工品を購入せず喜怒哀楽の中で作り、出来合いの調味料は使わず醤油・みりん・砂糖から作るなど、「手作りへのこだわり」が強いとのこと。
写真は、岡山の郷土料理「ばら寿司」
江戸時代、岡山藩主の池田光政の出した倹約令に反発した庶民がご飯に魚や野菜を華やかに盛り付けて食べたことが始まりとされています。
岡山のばら寿司は瀬戸内の海の幸と、旬の野菜を使い、お祝い事やお祭りなど「ハレの日」に食べるものとして県民から愛される存在です。
ママカリやアナゴなど、瀬戸内海ならではの食材を見つけながら、是非ともご賞味ください。
「鰆の刺身」、「メバルの煮付と黄ニラ」をばら寿司とともにいただきました。
瀬戸内海には「魚島時(うおしまどき)」といって、鰆や真鯛などが春から夏にかけて産卵のため集まってくる時期があることをご存知でしょうか?
自然の恩恵が基となり、「瀬戸内海の魚介は美味しい」という感覚が岡山の食文化に染みついていることが分かります。
鰆とメバルは身に脂がのっていて、刺身でも、煮付でも、口いっぱいに魚の旨味が広がりました。
岡山県産の黄ニラは、食欲をそそる良い香りと、シャキッとした歯ごたえと柔らさのバランスが何とも上品でした。
割烹には珍しい
ドライブスルー
「太巻き一本のためにわざわざ店内に入って待つのは、お客様も居づらいだろう」という想いから、設置したというドライブスルーとテイクアウト専用窓口。
これらの窓口を作ったのは今から約30年前のことだそうです。
今でこそ、ファストフード店にはドライブスルーがあるのが当たり前ですが、そういった窓口がある店、ない店が点在するような頃に喜怒哀楽ではドライブスルーを作っていました。
地域のお客様をどれだけ大切に考えていらっしゃるのかが伝わってきます。
喜怒哀楽に
こめた想い
喜怒哀楽という少し珍しいお店の名前。
一体どんな意味が込められているのでしょうか?
難波康男会長:
喜ばしいことがある時、楽しい時は美味しい食事をしたくなる。怒ることや哀しいことがあっても、ご飯とお酒を囲んで話を聞き合う。
食事の場は、喜怒哀楽を共有し、フラットにするところですから、この名前を付けました。
難波孝行社長(上記画像):
「岡山ならではのものが食べたい!とリクエストしたところ、タクシーの運転手さんが喜怒哀楽へ連れて来てくれたんだ」と言ってくださる観光客の方も多々いらっしゃいます。
一方で、地域のお客様のお祝い事でご利用いただくことや、ランチで気軽にお立ち寄りいただく機会も多いお店です。是非もっと多くの方々にお越しいただき、かしこまらず、お食事を心から楽しんでいただける場所にしていきたいと思います。
ありがとうございました。お店の造りからお料理のこだわりまで、長年愛される理由がギュッと詰まった場所だと感じました。